雨の中でも踊る

 

佐賀県立点字図書館
館長  野口 幸男

 

 

  「図書館通信」4月号発行後の4月7日、7都道府県に「緊急事態宣言」が発表されました。その後、16日に全国47都道府県に拡大され、現時点では解除されました。点字図書館利用者及びボランティア、ならびに点字図書館を支えていただいております皆さまには、お変わりありませんでしょうか。新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、行事や活動の中止や臨時休館など皆さまには大変ご迷惑をおかけいたしております。ご理解とご支援に深く感謝申し上げます。
 流感に臥せりし子らの体臭の部屋に澱みて冬の日暮るる 
コロナのおかげで、四十年ほど前の「腰折れ」を思い出しました。障がい者の入居施設でインフルエンザが波状的拡がり、利用者が次々と倒れていった日々の情景が鮮やかによみがえりました。コロナウイルスの感染が終息した未来を考えていたら、次のような言葉に出会いました。「ふと、未来が今までのように単なる青写真ではなく、現在から独立した意思を持つ凶暴な生き物のように思われた。」(『第四間氷期』安部公房) 今日の次には明日が来るという連続性や何気ない日常が、当たり前ではないことを教えられているような気がします。
 新型コロナウイルスに閉じ込められ、晴れた日には畑に出て、雨の日は読書に勤しむという日々を送ることになりました。ウイルスとの闘いをリアルタイムで実感したのは、川端裕人著『エピデミック』という小説でした。ジャレド・ダイアモンド著『銃・病原菌・鉄』では、ウイルスと人類との関係、ウイルス感染症が人類の歴史に及ぼした影響など考えさせられました。夏の野菜を植える季節になり、今年は野菜だけでなくヒマワリや朝顔の種も蒔いてみました。今年の夏は朝顔やヒマワリの花が楽しめるかな、夏まで頑張ってみようかなと思っていると、太宰治の『晩年』の一節にこうありました。「ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。」
 私たちは、新型コロナウイルスの感染拡大という出来事に直面する中で、物事を深く考えたり、日常生活を丁寧に見つめたり、視野を広げて心を寄せたりということを教えられています。「嵐が過ぎ去るのを待つのではなく、雨の中でも踊ることが人生なのです」、京都・大原の里に暮らすベニシアさんの『毎日をもっとゆっくりと』にあった言葉です。「雨の中でも踊ること」を忘れないでおこうと思います。
気がつくと季節は「山笑う」から「山滴る」へと移り、ほどなく梅雨がやってきます。皆さまのご自愛と新型コロナウイルス感染の終息とを祈念申し上げます。
 
 【引用文献】
〇安部公房『第四間氷期』……未来を映し出す予言機械を開発した博士。平凡な中年男の未来を予言させようとしたことから事態は急転直下、やがて機械は人類の過酷な未来を語り出す。
〇川端裕人『エピデミック』……東京近郊の町で、重症化するインフルエンザ患者が続出?特定されない感染源、爆発的に広がる脅威の新興ウィルス。疫学者・ケイトは、人類未到の災厄を封じ込めるため、集団感染のただ中に飛び込んだ!
〇ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』……なぜ人間は五つの大陸で異なる発展をとげたのか?人類史の壮大なミステリーに挑んだ話題の書!ピュリッツァー賞/コスモス国際賞受賞
〇太宰治『晩年』……妻の裏切りを知らされ、共産主義運動から脱落し、心中から生き残った著者が、自殺を前提に遺書のつもりで書き綴った処女創作集。
〇ベニシア・スタンリー・スミス『毎日をもっとゆっくりと ベニシアからの言葉の贈り物』……京都・大原の古民家でハーブや草花を育てながら暮らしているベニシアが綴ったエッセイ集。「猫のしっぽカエルの手」「ベニシアの手づくり暮らし」などに掲載されたエッセイに加筆し再編集。

 

 


                                

 

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